2014年9月5日

教育機関に及ぼす消費税負担増の危機2/3


永和監査法人 会長 齋藤力夫

■失われた15年(または20年)が起因

 アベノミクスでは国債の発行高増加の打ち止めや財政再建を早期に実現するため、歳入の増加策として消費税、所得税、相続税などの増税を急いでいるが、現在のような事態は昭和60年代から始まったバブルの異常現象が起因している。現在、企業等で活躍している40〜50歳代の現役勤労者や企業家は、当時のわが国の過去の多大な失政がバブル経済の原因であることを理解すべきと考える。
 過去の大きな失政、つまり人為的な金融政策の放任、リスク管理の失政が企業や国民生活に甚大な影響を与えたことは事実である。今日のギリシア、スペイン、イタリアなどのEU諸国の財政危機をみて解るとおりである。
 わが国の財政政策の失敗は、昭和60年代末から始まり平成元年をピークとする約15年以上 (または20年とも言われている。)にわたる金融政策を主とした財政政策の放置である。いわゆるバブルの到来である。
 平成元年に始まった株式市場は戦後最大の活況となり、日経平均株価は約3万8千円を超え4万円になるとの声も聞かれた。同時に不動産価格も昭和60年代から異常な上昇を続け、年率10%以上の値上がりとなった。日本経済は上昇し続けることで経済感覚が麻痺し、ニューヨーク、マンハッタンのビルを購入したり、筆者と懇意な社長はフランスの古城の買取りなどを行い唖然とした。
 政府、日銀、大蔵省(財務省)でも、このような熱狂的インフレに対し、当初何ら手を付けなかったことは事実である。
 金融機関は、日銀の金融緩和に乗じ、このようなインフレ便乗資産を担保にし、無条件な貸付競争に走った。筆者も貸付競争の中で銀行から無条件融資を強制されたことがある。
 その間における国の一般会計の歳入は膨張し、その財源たる租税と印紙税収入(税収)は昭和55年度に26兆8千億円であったものが、平成元年度から平成5年度には60兆円まで高騰した。しかし、平成12年度は48兆6千億円へ下降、バブルがはじけた平成21年度では46兆円に減速し、最終的に平成22年度では37兆4千億円まで急速に下降した。
 反面、二般会計歳出は若干の微減する年もあったが年々増大し、平成3年度の70兆3,400億円から平成25年度の93兆円(東日本大震災予算は別途)に、平成26年度は99兆円と、果てしなく増大した。国債は税収60兆円を超えた年度でも依然として新規に発行されていた。その一環として、前政権民主党のマニュフェストは、票取りを優先した無謀な攻策を打ち出し、高速道路無償化、高校授業料無償化、こども手当の拡大など信じられない政策で圧勝したが、その結果はご承知(ヅ)のとおりである。
 その間、株価と不動産価格は急速に下降した。株価は平成2年では3万5千円、さらに3万円と急速に下降、平成20年前後では8千円台までに落ち込み、不動産公示価格も下落の道をたどった。
 このデフレの急速な経済低迷により、企業倒産、不祥事等が多発した。山一誇券や日本航空の破綻、アメリカのリーマンショックなどの事件が起こった。銀行は不良債権の山を抱え、その処理に追われた。私見では、統計はないが銀行などの損失処理、企業の保有株式、不動産の評価損又は売却損など、およそ200兆円を超える損失が経済低迷に拍車をかけたと推察する。まさに失われた15年または20年と言えるだろう。
 15年以上の日本経済の空白期間は、東南アジア諸国発展に絶好の機会を与えた。特に中国、台湾、香港、韓国、シンガポールなどが競って経済の好況に遭遇し、著しく発展した。現在、一部の産業分野では日本企業を超える存在になったことはご承知のとおりである。外貨保有高、GDPでも世界第2位の経済力が下降し、国債格付もAAA格が次第に低下し、ダブルAからシングルA格に落ち込む事態になるかもしれない。

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